屋上とホットケーキ。

本誌インタビュー People Get Ready 完全版 vol.6 後編/イラストレーター 鷲尾友公

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嬉しい事に屋上とそらfree vol.06の表紙を
描いてくれた鷲尾さんへのインタビューの後編。
後編では鷲尾さんの今後の活動や考え方をメインに、昔のことから今のことについて。
さらには、これからイラストレーターを目指す子たちへの
鷲尾さん流のアドバイスまで色々と聞いて来ました。




a0163747_1524147.jpgーそもそもイラストレーターになろうと思ったきっかけはなんだったんですか?

「きっかけというか、高校卒業後に造形屋さんでバイトをしたのは、今の自分にとって、すごく大きい経験だったね。」

ー造形屋さんでのバイト?

「うん、高校を卒業する時に進学か就職するかの選択を、まだ自分で選ぶ事ができなくてね。けど、漠然と物を作る事が出来たらって思いはあって、当時、絵を教えてくれていた先生に働き先を紹介してもらったの。19才の時。その紹介先が造形屋さんで、日当一万円のバイトしてたんだよ。」

ーそうだったんですね。イラストレーターのいるような事務所とかで、働いていたんだって勝手に思ってました。

「その造形屋は、県芸の卒業生で構成された職場でチャゲさん(森北伸)がいて、杉戸(洋)さんもたまに遊びにくるような職場だった。チャゲさんと杉戸さんは奈良(美智)さんの作品作りの手伝いもしてて、大きい犬を作る手伝いの話を聞きながら、一緒に仕事をしていたよ。奈良さんの存在もその時知った。当時、チャゲさんは作家として伏見で個展を開いたりしてたし、杉戸さんは若手のホープとしてスタジオボイスに取り上げられてたっけ。そういう人達に囲まれて、自分も何かしたいなと思うようになってね。」

ーなんか、刺激的な職場ですね。

「けど、すぐに何か出来るって訳でもないし、とにかく毎朝起きてクタクタになるまで働いてFRPと戯れていたよ。でも、とにかくそれだけで楽しかった。その造形屋で出会った人達の背中を見て、自分も絵を描きたいと意識を強く持ことができたんだよね。」

ー仕事が楽しく思えるのって、うらやましいです…。

「それに、そこには学生だったAGO(ドラムンベースのDJ)もたまにバイトに来てね。で、当時、AGOはTEXTとかでパーティーやってたから、そこに遊びに行ったりもするようになった。19、20才の頃で20代後半の活発な連中に囲まれて、あの頃は仕事以外でも、毎日がとにかく刺激的だったよ。ちょうど、その頃に後のPOPGROUP代表となるヒロキ(坂井田裕紀)がロンドンに留学したんだよ。僕らはその時20歳だった。」

a0163747_15265372.jpgーでは、イラストレーターになった当初、苦労などはありましたか?

「始めた時は、個人的な仕事なんてなくて、金を稼ぐ事はできなかったね。だから、造形屋とペンキ屋をで働きながら、夜絵を描いたり、友達のパーティーのフライヤーを作ったりしてたよ。シルクスクリーンもその時覚えたし、働いて貯めたお金で海外旅行したり、何かを得たいっていう欲求を満たす毎日だった。当時は作った物をAGOや杉戸さんに見せたりアドバイスもらったりしてたね。僕は大学にも行ってないし絵を勉強するにはとにかく人に意見を求めないと知識を得られなかったから真剣だったよ。AGOの言う事を真摯に頷きながらね。よくMOでフォントを貰ったりしてた。」

ー僕が一番最初に見た鷲尾さんの作品は多分『シーモネーター&DJ TAKI-SHIT』のジャケットがなんですけど、どういった経緯で描く事になったんですか?

「あ~~。あれは、塾長(シーモーネータ-)がLUSH(名古屋のクラブ)にある僕の絵を見て『ジャケット描かない?』って連絡をくれたんだ。それでアナログレコードのジャケットの絵を描かせてもらう事になったんだよね。」

ー直接、本人からの依頼だったんですね!しかも、ジャケットに描いたキャラクターでフィギュアも作ってますよね。僕はフィギュア好きなんで、すごく印象に残ってますよ!

「2003年くらい? あれは、ちょうどフィギュアブームでその流れに乗っかった形になったよ。あの話も、SPANKYってTOY屋の城宝さんから直接、連絡が来てね。スゴい強面の人(笑)。連絡がきた時、僕はフランネルソファにいて、店番してた村上君と興奮した事を覚えているよ。とてもうれしかった。それまで個人的に描いていたキャラクターが商品になるんだもん。城宝さんがきっかけをくれたんだよね。それから数年、城宝さんと一緒に仕事するようになって、香港や台湾、ドイツも一緒にいったね。その頃から、その土地で出会った人達と仕事をする事が多くなってさ。」

ーそう言えばフィギュア発売以降、色々と活発に活動されてますよね。海外での個展だったり、アパレルブランドとのコラボだったり。確か『55DSL』や『BURTON』などで作品を発表してましたよね。

「色々、やらせてもらったね。今思い返してみると、僕の場合、色んな事ができたのは、すべてタイミングと出会いがきっかけだって思うね。人と人の繋がり。僕がこうして続けていられるのも出会いなんだよなぁ~って。『55DSL』も『BURTON』もそう。自分の好奇心のまま動いていた時に、たまたま有名なブランドの人達と関わっていただけというか…。強く願って毎日を過ごせば出会いたい人には出会えるんだって事を確信したよ。あの頃は、ヒロキとロンドンやベルリンでよく遊んでたし、ベルリンの展覧会の時は通訳もやってもらった。その時に過ごした時間は大きかったし、ピートに逢ったのも大きい。BAKUやアフロさん(TATSUKI)、クロックさんに逢ったのもそのタイミングだし。みんな何かに向かって燃えていたね。とにかく。」


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ーそういった様々な作品を今まで発表してきていますが、制作するうえで思っている事やこだわっている事はありますか?

「歳を重ねる度に、自分の考え方とか絵を描くモチーフは随分と変わるんだなって感じる。今こだわってるのは『書き直さない』ってとこだね。意識をおいてるっていうか。去年開催されたCOP10で、僕は名古屋市ブースの為に『100年後の名古屋』っていうモチーフで4メートルくらいのドローイングを油性ペンで描いたんだけど、それは下書きなしで左端から描き始めて一気に描いた。」

ー下書きなしで、一気に? しかも、書き直さずに?

「うん。書き直せない状況に身を置くことで、自分にプレッシャーを与えるというか。だから描き始めるまでに物凄い練習もして、集中もしたね。で、線に嘘を感じたらまたイチから書き直し。一本一本のラインに自分に正直に向き逢うって事だね。あと、人の人生を始めて終える想いに気持ちを寄せて描く事が多くなったよ。輪廻転生の世界を描こうとして今のようなスタイルになってるね。って言っても、ただ花畑を描いてるだけなんだけどね。単純。やっぱ、身近にいる人が亡くなったりするのを経験したり、同時に新しい命の誕生も知る事になったり。生きた時間が描く事に反映されているんだとおもうよ。僕が描きたい事はそういう事だとおもう。生きている線を描く事にこだわっているし、生き生きしていない線は描かないようにしている。」

ーなるほど……。

「そう言えば、2年くらい前に『NICE VIEW』の為に絵を描いたんだけど、その絵は発表されなかったな。10代の頃から好きなバンドだったから、情熱を注いで描いたのに!アメリカでリリースする予定だったレコード会社が突然潰れちゃって。不景気だね~アメリカも。」

a0163747_15311437.jpgーとりあえず、景気は良くなって欲しいですよね。(笑)。では、今後についてなんですが、なにか具体的にやりたい事や造りたいものってありますか?

「やりたいことは色々あるよ。最近はPOPGROUPのレーベルの仕事をやる事が多くなってグラフィックデザインの仕事を盛んにやっていたので今年は自分ワークもやろうって思っています。とは いっても何すりゃいんだろ。とりあえず、絵描くよ。で、絵がたまったら個展もやんなきゃ。あと、またフィギュアも作りたいし、絵本も作んなきゃ。出来れば今年中に形にしたい。まずは、全く売れない絵本でも作るよ(笑)。それと最近、休刊していた『roots MAGAZINE』を『RWM(ROOTS WEB MAGAZINE)』で、みんなと復活させたんだよね。こっちもやらなきゃ。忙しいねなんか…。」

ー絵本もフィギュアもRWMもすごく楽しそう!絵本とフィギュアは、是非やってください!購入しますんで(笑)。それに『RWM』もコンテンツが徐々に盛り上がってきて、これからが楽しみですよね。どうして『roots MAGAZINE』を復活させることになったんですか?

「roots編集長が「また始める」って言ったからね。で、「お!オッケ!」って即答しました。RWMを復活させることで、ちょっとでも色んな事が盛り上がるといいなってのもあるのかな。」

ー盛り上がる事を期待してます! その他にもやりたい事とかはありますか?

「う〜ん、あっ、今、思い出した。僕はパルコギャラリーで個展がやりたいと夢見て(イラストを)始めたんだった!」

ーいいじゃないですか、パルコギャラリー。正直、最近のパルコギャラリーってあんまりな気がするんですよね。昔はもっと面白かった気がするんですけど…。

「全く面白くないね、最近のパルコギャラリーは。つまらなくなった。寂しいね。テレビの企画展とかのDMみると悲しいもん、なんか。けど、ムーミン展は最高だったよ。あー、ずっと個展のオファーを待ってるんだけど。どうやったらできるの?」

ーずっと待ってるんですね(笑)。どうしたらできるんでしょうね…。パルコギャラリーの担当の人と仲良くなるとできるとか?(笑)

「どこにいるの、その人?」

ー知らないです。まぁ、担当と仲良くなればできるってことは、全くないでしょうし(笑)。

「だよね…。まぁ、パルコギャラリーについては、絵描きながら地道にオファーを待ってるよ。」

ーそれが一番の近道かもしれないですね。では、最後にインタビューの締め的な感じで、将来イラストレーターになりたいって思っている子たちに、アドバイスとかお願いできますか?

「アドバイスか~。でも、本当になりたいんだったら次の日から誰だってなれるよ。資格も必要ないんだし、面接もないんだもん。アドバイスになるかは分からないけど、僕は昔から、とにかく自分の足でいろんな場所へ行って自分の目で見た事を吸収するように意識してるよ。そして知識を蓄える。ただ、僕は全くもって一般常識が欠如してる人間なのでその辺りを今は勉強中です。」

ーなんか、最後のひと言で、せっかくのアドバイスがおかしくなってませんか(笑)?

「あと、いろんな人に出会って出会って出会いまくる事もいいかも。そして、描いて描いて誰にも見られなくても描く。始めは堂々と物まねでもいいと思うよ。そこから自分のスタイルが見えてくる時がやってくると思う。物まねが抜け出すが抜け出さないかが重要なんだけどね。それと場所は関係ないよ。地元でも制作はできる。」

ー場所は関係ないですよね。僕もそう思いたいです。

「でも、1番は絵を描くのが好きじゃないとね。僕は、年とって老けてしまってもいつまでもこの今の気持ちは忘れたくないし、物作りに関わる生活をしていきたいし、育ててくれた街に恩返しをしていきたい。僕も随分と現実的に物事を考えるようになったけど、その部分だけはどうしてもね。まだ見ぬ自分の線と色を探し続ける好奇心だよ。あとは、気楽になんとな〜くやる事かもしれない。そんな感じかな。」

ーすごく素敵なアドバイスありがとうございます。では、この言葉が、将来のイラストレーターに届く事を祈りつつ、インタビューをしめさせていただきます(笑)。

「了解です。」

ーということで、今日はありがとうございました(笑)。

「ありがとうございました〜!」


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それでは、最後は表紙別案のご紹介。

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右のイラストのフライヤーに懐かしいフィギュアの再リリースの告知が!?
発売されるんでしょうかね? ピンときた方、楽しみに待ちましょう。
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a0163747_15211741.jpg鷲尾友公 イラストレーション、グラフィックデザインの世界で独自の表現方法を模索しながらペンを走らせるも、その実態は行方知らず。名古屋のスタジオをベースに2007年よりPOPGROUP Recordings全般のグラフィックワークを切り盛りしている。主な活動にadidas berlin、55DSLでのEXHIBITION、BURTON、ONITSUKA Tiger等で作品を発表した。
WASHIO TOMOYUKI WebSite : http://www.thisworld.jp
POPGROUP Recordings : http://www.pop-group.net
by okujotosora | 2011-03-31 15:20